magenta's blog

個人記録 日記 ひとりごとをつれづれなるままに綴っています

父のこと

旧約聖書新約聖書について学ぶ機会があって、
想うこと・感じることを少し書いておこうと思います。


わたしはキリスト教の信仰の背景はありませんので、
旧約聖書の『創世記』やモーゼの話、またイエス・キリストの話を聞いても、
「そうなんだー」くらいの感想しか浮かばないだろうと思っていました。
でも実際は違いました。心が揺れたり、泣いたりしました。
それはなぜだろう?と思った時に真っ先に心に浮かんだのは、父のことでした。

父は、
- 少なくともわたしが生まれてから、両親が別居をして父が家を出て行くまでは - 
ずっとユダヤ人とユダヤ教を崇拝する人でした。
ユダヤに対する偏愛がすごくて、それを家族にも押し付けるのです。
- ユダヤ人がいかに優れているか。
- 世界を支配しているのはユダヤ人だ。
  だからユダヤ人の思想(ユダヤ思想)を勉強しなさい。

そんなことを夕食前に話すので、本当にイヤでした。
その反発もあってか、ユダヤ思想の本を読んだことは1度もありませんでした。

父と数年前に会った時、やっぱり話すことはユダヤ人のことでした。
「自分はヘブライ語がわからないけど、原書で読んでみたい」と言っていました。
また、「いつかできることなら、イスラエルにも行ってみたい」とも言っていました。
この時、わたしが思ったことは、
「何年かぶりに娘が会いに行ったのに、それについては何にもないのかよ!」
という怒りでした。

父に対しては、とにかく変わった人、という印象しか持っていませんでした。
普通の親子の会話がある友達のお父さんが本当にうらやましかったです。

父はどうしてそこまでユダヤ人やユダヤ教が好きなんだろう?
人生で何がしたかったんだろう?
と不思議に思います。
- 父のことを理解したいという想いからなのか?
- それとも単なる好奇心なのか?
父に対する反発心からユダヤ教(やキリスト教)に一切興味がないと思い込んでいたけど、
今は、イスラエルにも行ってみたいと思うようになっています。

特に行ってみたいと思っているところは、Via Dolorosa(ヴィアドロローサ)。
ラテン語で、「苦難の道」という意味だそうです。
イエスが最後に歩まれた道のことです。

ユダヤ教キリスト教の歴史を知ることは、
今現在の世界を理解することにもつながるので、もう少し学びたいと思います。