magenta's blog

個人記録 日記 ひとりごとをつれづれなるままに綴っています

パターンを破る

こんばんは。

すっかりブログをさぼっておりました。
(前回更新が2ヶ月前。。。)
もう11月も半ば。
2017年もあと1ヶ月半くらいですね。

今日は【パターンを破る】ということについて。

いろんなパターンを持っている中でも、
最近、強固で、頑固で、認めたくないパターンが見つかったのです。
それは、
「自分が(仕事が)出来る人でいたい=○、自分 or 他人が(仕事が)出来ない=×」
という判断基準です。

きっかけは、
職場で一緒に仕事をしている、いわゆるパートナーがいるのですが、
なかなかうまくいかないのです。
人によっては、仲違いしてしまった場合もありましたし、
仕事中に寝てたり、ゲームしたりする人の場合もありました。
それで、今回のパートナーの方は、今月で契約終了となってしまいました。
さすがに、これは、何か自分の「認識」が影響していることを認めざるを得ませんでした。

毎週セッションをしてもらっているので、その中で質問を繰り返してもらった結果、
強固に、「自分を出来る人」に仕立て上げたいことに気づいたのでした。
だから、自分よりも出来のいい人に来られては困るのです。
ショックでした。
そういう類いの人をわたしは、どこかで軽蔑していましたから。
器小さっ!という具合に。
でも、当の自分がそうなのでした。

いつまでこのパターンをやっていたいのー?
と聞かれた時に、口から出てくる答えは、「もうやめたい」。
でも、なかなか手放せないでいました。
それは、ある意味、「死」を意味することなのです。
なぜなら、このパターン以外で今まで生きたことがないからです。
このパターンは、仕事だけでなく、身近な人間関係、恋愛、家族にも出るものです。

本当にいやだ・・・という絶望感と同時に、
わたしの記憶が生まれた瞬間にまで戻ってしまいました。
そして、涙が止まらない。
どういうことかというと、
わたしは生まれた時、泣きませんでした。
それは、前置胎盤で死にかけていたということもありますが、
実際の意識は違いました。
大変な中わたしを生んでくれた母を困らせたくないから、と、
生まれ落ちた瞬間も泣けませんでした。
生まれた瞬間から、わたしは自分以外の判断基準(目)を気にして、
これまで生きて来たんだ、と思うと、
「わたしは、ただの一度も、自分自身を思い切り生きてないんだー!」と
悔しさや、悲しさ、いろんな感情が出て来たのでした。

もちろん、生まれた瞬間に泣くことが、母を困らせることなのか?というと、
全然そんなことではないわけです。
でも、生まれて数秒歳のわたしはそう思い込んでしまったのですね。

話がちょっと逸れてしまったけれど、
何が言いたいか?というと、
パターン(因果と言ってもいいと思います)を持って、
その通りに生きていても、
自分が思う通りなんて、絶対に出来ないんだよ、ということです。
パターンを見つけて、やってみて、絶望してみて、手放す。
少しずつ、そのチャレンジをしているところです。

そして、明日からの週のチャレンジは、
「わたしは、できません」ということを周りに言うこと。
そして、助けを求めること。
自分を出来る人に仕立て上げたいわたしからすれば、
とても大きなチャレンジです。

あともう一つ。今月で契約終了になったパートナーの方と、
これからも関係性を築いて行くこと。
そのチャレンジをします。

こうして書かないと、先延ばしにしたり、そこから逃げたりするかもしれないので(笑)
書いてみました。

ここまでお読みいただき、有り難うございます。
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